NOをYESに引っくり返す!

自分を許してあげよう。

そんなことを言っていたけれど、わたしのなかにはまだまだ許せていないことがあった。

 

お父さんと、離れたい。

 

 

 

決して嫌いなわけではないけれど、ずっと一緒にいるのは、正直、、苦しい。

 

 

もうずっと昔からそう思っていた。

 

自分は愛されてないとも思ってたし。

 

 

でも、一人暮らしをしたときにいっぱい自分と向き合って、それが価値観の違いからくる思い違いだと気づくことができた。

 

 

そして、実家に帰ってきてからも何回かぶつかって(というかぶつかってこられて。笑)その度に本音でやりとりして

前からは考えられないくらい関係も良好になった。

 

 

お父さんのことが嫌いで、逃げるようにして家を出た数年前が懐かしくも感じる。

 

 

これでいいんだ。

もう、波風たてたくないし。

 

 

もう、このままでいいんだ。

 

 

そう自分に言い聞かせていたところがある。

 

 

 

でも、なんだか苦しい。

 

 

自分を誤魔化している気がする。

本当はうっすらわかっているのに、こんなことを思ったら申し訳ない。

いろいろしてくれたのに、とか、感謝してこそ離れたいだなんて、、ひどい、とか。

 

 

でも、もう十分だよ。

昔みたいに相手がどう思ってるか決めつけて逃げるんじゃなくて、もう十分向き合ったじゃない、わたし。

 

 

それで嬉しいような、悲しいようなことだけれど、

人は変わらないんだなってわかった。

 

 

本人が本気でそう思わない限り、人の言葉は響かない。

言葉を求めていない人に、わたしは投げない。投げたくない。

 

 

それでも一緒にいたかったら、心地よくいられる方法を一生懸命考えたいけれど、

それももういいかなって思えた。

 

 

 

昔から見たらすごく変わったけれど、やっぱり変われないのがお父さんだし、それでいいと思う。

 

 

苦しい、嫌、、

その感情のままだったらNOを言っているだけだけれど、

大事な作業はここから。

 

 

じゃぁどうしたいのか?

という、自分にとってのyesに変換する必要がある。

 

 

NOのまま発進すると、NOを感じた根本的な原因だったりおんなじような事象が追いかけてくるから。

 

 

お父さんのことは嫌いじゃないし、感謝もしているけれど、、、

 

わたし、、本当は、、

 

そのままのわたしを受け入れてくれる人と、ホッとした気持ちで過ごしたい。

 

家の中ではもっとリラックスしていたい。

 

 

これがyes。。望み。

 

罪悪感なんて感じなくていい。

自分の望みに素直になっていい。

 

 

そう思えたら今この瞬間、叶ってなくても少し気持ちが緩んできた。

内側の自分が喜んでる。

 

 

 

 

そういえば何年か前の記憶で印象的なことがある。

 

同じ職場の結婚してる友達が、毎度走って帰っていて、その理由を聞いてビックリしたのだ。

家が大好きすぎてもう一目散に帰りたい!というその理由を聞いて、わたしは正直イラッとした。

 

そんな走るエネルギーあるならもっと頑張ってくれよ、、わたしこんなヘトヘトなのに(T_T)(←性格悪!w) 

 

内心そう思うと同時に、家が大好きなんてわたしには全然わからない感覚で、ものすごく羨ましかった。

今なら素直に嫉妬だってすぐわかる。笑

 

昔はもやっとで済ませてたけど、今、新たな望み、yesを見つけたなら

自分はどこに羨ましさを感じたのか分析して、データとしてもいいかもしれない。

 

 

こうやって上手く変換、転回していくと目には入るものは全部自分にいいことを運んできてくれる。

嫉妬でさえそうできるんだから、今のわたしは無敵なのだ!笑

 

 

まとまらないけど、また次回。

つづく。