あんた誰の人生生きてるの?

もう寝る時間だけれど今ここで自分の思いを書き留めておきたい。

 

 

 

人に言いたいことは、本当の自分(魂の自分)が自分自身に言っていること、とはよく言ったもんだ。

 

 

昨日彼と会って、最近感じたことやあれこれを話しているうちにヒートアップしていつの間にか彼を滅多斬りにしてしまった。笑

 

最近薄々気づいていたものの、わたしがイラッと来るのはこの状況でもなく彼の彼女でもない。

(会ってるときにも電話かかってくるのは正直うるさいな、とは思うけど)

 

彼の言動に自分の意思を感じられなくて、この人自分の人生なのに全然なんていうか、、、

 

自分を生きていない気がする。

 

 

と心の底で思っていたことが出てきてしまった、という感じ。

 

 

 

でも今日沢山自分ノートに思い付くこと、出てくる言葉をありったけ書いていたら

 

それ、自分に言ってることでもあるよな、と思った。

 

 

わたしは彼に、

「叶う叶わないで考える前に、もっと素直に望むことを自分に許してあげてもいいんじゃない?」

 

と言っていたが、それもそうだと気がついた。

 

 

先日、彼への執着心を捨てると書いたが、未だにモヤることがあるのでそれも洗いざらい書き出してみた。

 

 

わたしは自分の望みの一つ一つをきちんと受け止めないで、全部彼に何とかしてもらいたいと押し付けていたところがある。と気がついた。

 

 

大好きな人と、大好きな家に住んでいる!そう心から思える日を過ごすのが夢。

 

それは確かな望みで変わらなかったけれども、

 

でも、家を出たいと思うのは何故?

と追求していったら、もっと自分に向き合う時間が欲しい、だったし

 

 

一人暮らしならいつでも出来るのにしないのは何故?

と追求していったら、家族に反対されるのが怖い、という勇気の無さや

損したくない、という自分の喜びよりもお金の方が価値があるものというスットンキョウな思い込みもあらわになってきた。

(家に給料の2~3分の1を入れているから使えるお金は実質変わらないのに何でだろ。笑)

 

 

自分のノートに向き合うのは今の環境でも今すぐ出来るのにしていないのは自分だったし、

 

お父さんにまた何か嫌なこと言われるかも、、と何もなくても思ってしまうのはもう仕方のないことだけど、そんなの気にならないくらい好きなことに気を向けることもできたのに

 

最近どうしても気に入らないことばかりに意識が向いていたのも事実っちゃあ事実。

 

 

人に意識が向いてしまうのは今すぐ自分のためにしてあげられることがあるのに、

すぐそれを怠って人に何とかしてもらおう、幸せにしてもらおうという考えに流されてしまうから。

 

 

これはわたしだけじゃなくて、大多数の人がそうだとも思う。

 

 

今日は自分の気持ちを書きまくって読みたかった本を読んで、気づいたことや気になってたことをまたノートに書いて、、、

を繰り返していたら、気持ちがものすごくスッキリした。

 

 

最近彼のことばっかり気がいっていたけれども、お金のことにも興味がある。

 

 

恋愛も楽しい研究対象だけれど、お金や豊かさっていうのもこれからもっと研究、追求してみようと思う。

 

 

ここでわたしが言ってる豊かさって、いくら持ってて何を持ってて、、ってこととは少し違う。

 

どんな世界が見られて、どんなことを感じて何を経験したいのか、どんな感情を味わいたいのか、、

 

それがどんな風に人生に反映されて、拡大していくのか見てみたい。

 

 

今日読んだ本によると、お金持ちは金額の大小に関わらず豊かさを受け取れる、感性が豊かなのだと。

そうじゃない人は、お金持ちは100円なんてなんとも思わないだろうと思っているけれど、実はその逆なんだと。

 

わたし自身、いろんな体験をしてみたい!いろんな世界を見てみたい!と思っていたのに、実際ボーナスが振り込まれても大して何も感じなくてこれはまずいな、、お金に不感症かも。。

と感じていたところ。

 

改めて研究、追求してみるのは面白いかもしれない。

 

 

 

今までこんなにまとまらない記事を書いたことがないけれど、許してほしい。笑

 

 

今日のこれは自分のための備忘録でもある。

ただの日記的な。

 

 

 

彼を滅多斬りにして、悪いな、という気持ちは少しはある。

多分今までの自分だったら後日、嫌われるかも、、やってしまった、、

と落ち込んでいたと思う。

 

でも、今のわたしはもういいと思える。

後悔していない。

 

だって、一番心を許せて一番近くにいたいと思っていたら、いずれわたしのワガママな所も短気なところも、、数えきれないくらい嫌なところも目にするはずだもの。

 

きれいなところばっかり出してはいられないよ。

 

いつでも可愛くいたいし、ご機嫌な女の子でいたいけど、それは何されてもニコニコしている都合のいい女でいるってことではないの。

 

 

彼の中にある本当の部分、生まれ持った変わらない本質的な部分は大好き!

だけど、それをうまく生かせていないし、行動の選択とか、、そういう部分は意気地が無さすぎると思う。

 

でもこれはある意味、自分にも当てはまるのかもしれない。

 

だって自分がそういう人を選んでいるんだもの。

 

 

 

本当に、彼じゃなきゃダメなのか、、?

 

 

改めて自分に問うてみる。

 

 

 

そこそこで満たされているうちはそこ止まり。

だって、本当の望みに気持ちがいかなくなるから。

 

 

それは執着とは違って、目的地設定みたいなもの。

 

どういう人生をいきたいのか?

それが決まっていないとただ流されているだけになってしまう。

 

 

彼は大好きだけど、たまに会うだけでもう満足な人なのか、

本当はもっと深い部分を共有したい人なのか?

 

それはまたはっきりさせたいと思う。

 

そのために、しばらく距離を置くのもありなのかもしれない。

 

 

 

 

彼を落ち込ませてごめんね、とは思うけれど、感じていることを誤魔化して笑ってるだけだと絶対に上手くいかなくなる。

 

ずっとそうだったから。

 

嫌われるのが怖くて、相手が喜ぶ反応ばかりして我慢できなくなって爆発、修復不可能、、

そんなの何回やったことか。それで何回ダメになったことか。

 

 

そもそも長続きさせなくちゃいけない、とか、丸く納めるには、、にばっかり気を取られているからズレズレの人生だった。

 

長く続いてもモヤモヤを抱えていてはなんの意味もない。

 

 

なんで一緒にいたいの?

 

大好きだから。

一緒に幸せを味わいたいから。

 

それだけでいたいよ。

 

 

幸せ、、だけど、、

 

 

なんてゴニョゴニョいってるうちは、モヤモヤを認めたくないだけ。

自分にも相手にも向き合う勇気がないだけ。

 

 

 

 

あんた誰の人生生きてるの?

 

 

と、ヒートアップしたわたしに滅多斬りにされた後の別れ際、

 

 

「なんだかおじさんの臭いがする」

 

と、トドメの一手まで刺されてショックを受ける彼を思い返して

 

今、笑いながらこれを書いてるわたしは悪魔のような女だ。

 

 

 

でも、彼のような人は、落ち込むようなことがない限りちゃんと自分に向き合わない。

 

 

これで嫌われるのなら仕方ない。

 

 

わたしはもう、正直にしか生きられないのだから、、、。

 

 

 

 

つづく。